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2010
05
10

Sakura Days***Day 17

The End of Sakura Days

長々と続けてきたSakura Daysも今日でおしまいにしたいと思います。
長かった~…こんなに長く続くとは思いもしませんでした。

でも、なんだろう? この充実感と寂しさは…。 

桜に魅せられて桜を追いかけてきましたが、桜からほんとうにいろいろなことを教えてもらいました。

桜はなぜかくも美しいのか…桜と日本人の精神性との関連について…

春になればいろいろな場所で目にすることができる桜…でも桜はほんとうに奥が深い

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なぜ桜に魅せられるのか…。こんなこと考える必要もないのかもしれないですが、桜を撮っていてやはり何かにとりつかれているのではないかとふと思うこともあって自分の中ではちょっと掘り下げたいテーマでもあります。

「美しいから」という答えが一番ストレートな気もしますが、ではこの美しさがどこから来るものなのかをもう少し考えてみたくなりました。Sakura Daysの一番最初で梶井基次郎の「桜の木の下には」に言及していますが、やっぱり僕にとって桜はまぎれもなく「生」と「死」をイメージさせるで、そのことが桜を美しく感じさせる一つの要因であることは確かなようです。

梶井にとっては桜の美しさの背後に、「死」を配置させています。「生」がそれだけで成り立つものではなく、多くの「死」の上に「生」が成り立っているという認識が梶井にはあったのだと思います。また自身結核に冒されて梶井が自分の「生」もまた「死」に帰結するという認識もそこには含まれていたと思います。

これはかなり梶井基次郎という作家個人の桜観によるところが大きいのですが、日本人が桜に「生」と「死」をイメージさせるのは特にまれなことではなかったのではないかと思います。

桜をみると、やはり「この一瞬しかない」という一期一会というか刹那性というか、そういったものをすごく感じることは確かです。「今撮っておかないと、来年まで撮れない」というような感覚に襲われるのです。だから神代桜のときも「今、いくしかない!」と僕を突き動かしたようなところがあるんだと思います。これもやっぱり「散ること(=死)」を前提にした感覚なんだと思いますし、桜があんなにパッと散らなかったらそんな感覚にはならないと思います。

「生」の尊さ、美しさを実感するのはやはりどこかで「死」を認識しているからじゃないかと僕は思うのです。そして人間という生き物は、「生」の始まりと終わりに心を動かされる生き物でもあると思うんです。写真を撮るという行為もどこかでこの辺の認識に関係しているのではないかと思うことがあります。いずれ散ってしまうの姿・の美しさを残しておきたい、もしくは日々過ぎて言ってしまう出来事を残しておきたい…だから写真を撮るのではないかと…。
なぜ残しておきたいのか…それは残しておきたいものが残らない、もしくは記憶の中にしか残らないことがわかっているからではないのか…。

写真を撮るという行為にもいろいろな意味が含まれているのだなぁ…と改めて写真の奥深さに気づくことができました。


長くなってしまいましたが、いままでお付き合いいただき本当にありがとうございました。
来年のSakura Daysはもっと良くなることを期待して、終わりにしたいと思います。




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Comment

[1926]

この「桜」という花を、日本人が愛してやまない理由は、
もうDNAの部分に、なにか影響しているんじゃなかろうかと、僕は思ってしまいます。

個人的には「いさぎよさ」が日本人の気質に合っているのかなぁ、と思っていますが・・・夢のない話をしてしまえば、小さい頃から、桜は「きれい」と刷り込まれて育っているかとか^^;

いずれにしても、大和民族には特別な花ですよね^^

[1927]

いつからか母は毎年のように、来年も見られるかなぁ、と言います。
無意識のうちに、桜と生死を結び付けているのですね。
Airbaloonさんの分析、私もその通りだと思います。
死が存在するからこそ生きてくる生ですよね。
Airbaloonさんが何度か取り上げられた、光と影と同じですよね。
だから極端に言えば、本当は死がないと人は生きていけないかもしれません。
桜の命が短いからこそ、潔いからこそ、愛でられるのかもしれません。

そうそう、お写真、大胆な桜shotで、こういうのも素敵ですね~
ぽち☆

[1928]

桜って4月という新しい年度が始まる時期に咲くのも理由かなと思ったりします。

私が、小学校に入学した時に桜が満開だったのはいまだに心にしっかり焼き付いてます。

新しい出会いと別れ、その両方を桜の花と過ごしているから、日本人にとっては、特別な
花なのかなと思ったりします。

[1929]

1枚目いいですね~!
凄い幻想的で素敵です!!
ピンクの中に見えるしべ。
サクラは散るからこそ美しいと言うことですね。
P☆

[1930]

マークさん

コメントありがとうございます(´▽`)

>もうDNAの部分に、なにか影響しているんじゃなかろうか

本当ですよね。日本人にとって「桜」は生活や習慣と深く関連した花なので切り離せない花のようになってますよね。

「いさぎよさ」、確かにこのあたりが日本人の気質に合っていると僕も思います。花といえば「梅」を指していた時代から「桜」を指すようになったのは武士の時代からだそうです。武士の生き様を「桜」に見立てて桜を大事にしてきたんでしょうね。

>夢のない話をしてしまえば、小さい頃から、桜は「きれい」と刷り込まれて育っているかとか

いや、「刷り込まれて」というのは確かにあると思います。実は記事の中であえて触れなかったことがあるのですが、日本という国家のアイデンティティを形成する際にこの「桜」が利用されていたふしがあるのではないかと僕は思っています。過去には学校や役場など公共施設に桜が好んで植えられた時期がありましたし、軍や警察の徽章に「桜」のモチーフがよく使われることも無関係ではないと思います。靖国神社も桜では有名ですし、靖国の桜の下で会おうと戦争に赴いたとも聞いたことがあります(「同期の桜」という唄もありますね…)。国家のために命を捧げるという意味で「桜」が意図的に使われた部分があるのではないかと…。うがった見方かもしれませんが、そのように「刷り込まれて」しまっていることがあるかもしれません。

長くなってしまいましたが、貴重なご指摘ありがとうございました♪

[1931]

まゆみさん

いつもありがとうございます(´▽`)

お母さんの言葉をそばでお聞きになるまゆみさんにとっては複雑な思いにかられるかもしれませんね。

どうしても桜という花は「生」と「死」ということに結びつきやすいのだと思います。

>死が存在するからこそ生きてくる生ですよね。

僕も今生活していて「生きている」ということを特に実感することって少ないですが、「死」を意識することで逆に「生」が強烈に意識されることってあると思います。このブログの過去記事に、阪神淡路大震災のことに触れたことがあるのですが、僕は過去に能登半島地震や中越地震で、発災直後の被災地に行かなければならかったことがあります。当然余震もまだあったときで、もし自分の身になにかあったら…と頭をよぎったことがあります。自分自身のことよりも家族のことが真っ先に頭に浮かんだのですが、自分の「生」を改めて実感することになった体験でした。

>本当は死がないと人は生きていけないかもしれません

本当にそうだと思います。現代の子どもたちがあまりに「死」という感覚に乏しいと聞いたことがあります。ゲームでリセットボタンを押すのと同じような感覚で「死」をとらえているということを何かで読んでショックを受けたことがありますが、人や大事にしているペットなどの死から逆に「生」の尊さや大事さというものがわかってくる部分があると思うので、「死」というものが希薄になりすぎると、「生」ということに対する感覚も希薄になっていってしまうのではないかと思うところもあります。

長くなってしまいましたが、貴重なコメントありがとうございました。

[1932]

muramasaさん

いつもありがとうございます(´▽`)

そうなんですよね。桜ってこの新しい年度に咲くということも日本人の生活習慣に深く根づく理由になっていると思うんですよね。

合格発表などでも「サクラ咲く」といえば「合格」を意味したりしますね。

>小学校に入学した時に桜が満開だったのはいまだに心にしっかり焼き付いてます。

僕もそのようなイメージが強烈に残っていますね♪ 桜ってやっぱり日本人の文化に深く根づいているんですよね。そういえば、学校で「たいへんよくできました」というハンコを押してもらうときもサクラの絵が図案化されてましたね。

>新しい出会いと別れ、その両方を桜の花と過ごしているから、日本人にとっては、特別な花なのかなと思ったりします

本当にそうですね。出逢いと別れというとっても大事な節目を桜の花と過ごしているから特別な花になっているのかもしれないですね。muramasaさんのコメントを読んで、なるほど~とすごく納得しました!

とても示唆に富むコメントありがとうございました。

[1933]

まるさん

いつもありがとうございます(´▽`)

1枚目、この表現ずっとマクロレンズでやりたかった表現でもあります♪ これを撮りたくてマクロレンズを買ったといっても過言でないほど…。

もっとしべにピントがバシッときてくれていたら申し分ないのですが、撮り方のコツみたいなものを会得するにはいい練習となりました♪

>サクラは散るからこそ美しいと言うことですね。

そうなんですよね。散るからこそ美しく思えるんですよね。しかもその散り方ですよね。ハラハラと花弁が舞う姿…なんとも日本人の情緒を揺さぶるんですよね~♪

[1934]

おはようございます☆
たくさんの桜写真を楽しませていただきました^^
Airbaloonさんの桜に対する想いがどのお写真にも
こめられていて、一枚一枚丁寧に時間をかけて撮られたことが伝わってきました。

古の昔から、人間は桜がはらはらと散る姿に、
人の世の儚さを重ね合わせてきたのかもしれませんね。
はらはらと散る姿は儚くも美しく、日本人独特の侘び寂びや
「いとおかし」という情感に通じるものがあるのかも。
儚い命だからこそ、一生懸命に生きようとする。
命輝かせるように短い命を精一杯咲く桜の姿に、
人は自分の命や人生を投影させてきたのかな~と
思います^^
素敵なお写真の数々、本当にありがとうございました。
ぽち☆

PS.Airbaloonさん、リンクをいただいていっても
宜しいでしょうか?

[1935]

デイジーさん

いつもありがとうございます(´▽`)

今まで生きてきて、こんなに桜に想いをはせたことはなかったというくらい桜のことばかり考えていました(笑) 本当に桜というのは不思議な魅力をもっている花だな~と改めて思いましたし、桜を撮る難しさと自分の技術のなさを思い知らされました…。

>儚い命だからこそ、一生懸命に生きようとする。
命輝かせるように短い命を精一杯咲く桜の姿に、
人は自分の命や人生を投影させてきたのかな~と
思います^

本当にそうだと思います。儚い命だから一生懸命に生きようとする…本当にそうだと思います。自分の生の儚さを認識するからこそ、今ある生を大事にしようとする。このような感覚は、何気なく日常を送っているとつい忘れてしまいがちな感覚ですが、桜と向かい合っているとこういう「生」の感覚に想いをはせることができたりして、桜というのはやっぱり不思議な花だと思います。

こちらこそ桜の写真たくさん見ていただいて、本当にありがとうございました♪

リンクの件、大歓迎です。本来であれば私のほうからお願いしなければならないところなのに申し訳ありません。私のほうもデイジーさんのブログとリンクさせていただきますので、これからもよろしくお願いいたします。

[1938]

1枚目の写真をスクロールして見たときに
ん?桜じゃなかったっけ?と一瞬思いましたが
桜でした!!
すごく新鮮です!!真っピンクの中のおしべ(めしべ?)が凛としてるというかよく映えてる感じで☆

サクラは散るから美しいとはよく言いますが
全くその通りだと思います。
いつまでも咲き続けているものだと当たり前になってありがたみや魅力に慣れて気づかなくなってしまうんだと思います。山があるから谷がある。影があるから光があるみたいに。
だから一時に美しい花を大量に咲かせるさくらにひかれるのではないでしょうか(^ ^)
ほら、日本人って「期間限定」って売り文句に弱いじゃないですかw違うか?ww

[1943]

けいさん

いつもありがとうございます(´▽`)
こちらへもコメントいただいていたのに全く気がつかず放置してしまってすみません。

1枚目、ありがとうございます♪ 実はこういった写真をずっと撮りたかったんです。マクロレンズが欲しかったのもこういった写真を撮りたかったからなんです。いままでもいろいろ試してみましたが、僕の「なんちゃってマクロ」ではやっぱりこういうの撮れないんですよね。

>いつまでも咲き続けているものだと当たり前になってありがたみや魅力に慣れて気づかなくなってしまうんだと思います。山があるから谷がある。影があるから光があるみたいに

そうなんですよね。ずっと咲き続けていたらやっぱりここまで愛されなかったのではないかと…。影があるから光がある…この2つが共存するところにダイナミズムが生じるというか、ある種の緊張感が生まれるような気がするんですよね。自分にとってもこの辺は大きなテーマでもあります。

>一時に美しい花を大量に咲かせるさくらにひかれるのではないでしょうか(^ ^)

そうなんですよね。一気に花を咲かせて潔く散る…この桜のイメージは、戦時中はいろいろな形で利用されてしまった部分もあるのではないかと思うところもあります。靖国神社に桜が植えてあるのはそういったことと無関係ではないのではないかと思うのです。
 

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